そうしたら、やがて来るであろうカタストロフに対して何らかの対応を取るのではな いだろうか。それが自分自身での新薬の開発なのか、それともコンピュータへの意識移植なのかは 作品の方向性によるが、ここではコンピュータを使ったありきたりの舞台設定として みる。
コンピュータ上のプログラムとなった主人公は、元の自分が馬鹿になってしまうのを 果たして見逃せるだろうか。何か自分や回りに干渉して知性を復活させるために努力 するとか、あるいは危険排除のために24時間の監視をするのではないだろうか。果た して人(超知性体)は馬鹿になっていく過去の自分にどういう感情を抱くのだろう。
軍からの自由を求めるために意識の転送はこっそりと行わなければなるまい。そして 肉体の保護は軍との情報戦ということになる。
コンピュータ上に移植された人間の意識は基盤となるハードウェアの差異により影響 を受けて変質、2回目の質的変容を遂げるのだろうか。脳をシミュレートするという 方法は安全だが必ずしも最適ではないだろう。プログラムの実行時最適化により意味 論的には変化がないものの、その過程で意識の変容が始まるとするのはオカルト的か。
もしかするとコンピュータ上の絶対知性も馬鹿に戻ってしまった生身の自分の助けを 必要とする相補的な関係になるのかもね。

